160.デザインの展示がなぜ面白くないのかに関する(素朴な)考察

デザインの場合、物を展示するのではなく、価値を見せなければならない。
絵画や彫刻の展示とは根本的に質的な違いがある。

例えば、絵画であれば、
・目に見えるストーリーとして、色彩、タッチ、画法、
・モチーフについて、人物か、風景か、室内か、静物か、
・場所について、どの場所か、どのような風景か、
絵を見るだけで、少なくともこれくらいの視覚的印象を受け取ることができる。
(外形価値)
さらに、専門家の視点を少し加えれば、
・時代について、いつ描かれたか、
・技術的なストーリーとして、画材、顔料、支持体
・作家について、誰が画家か、どのような人物か、
・スタイルについて、その時代において、どのような画風が流行していて、その上でこの絵画のどの点が独創的か
といった点を背景として、絵画を読み、楽しむことができる。
(背景価値)

しかし、デザインの場合(この場合、主にプロダクトデザインを想定している)、単にプロダクトを陳列し、キャプションをつけるだけでは、こうした効果までは生まれない。

1980年代の日本製のラジカセが1台目の前にあった時、外形的に、色が可愛い、形状が変わっている、他のものに比べてユニーク等の特徴があれば、絵画と同じような外形的価値を受け取ることができるが、そうでなければ、多くの人が取り得る反応は、
・懐かしい、これ持ってた
・昔、家にあった
というノスタルジックで内発的な背景価値を受け取る程度に過ぎない。
一般的な観客が、当時のラジカセの技術面を知ることはできないし、よほどのオーディオマニアでなければ、その特徴を楽しめることはない。デザイナーが明確でない、またはデザイナー自体が誰かという点に大きな価値が生じない企業製品の場合、画家のような人物への愛好を楽しむこともできない。スタイルについても、当時のラジカセの主流・傍流を知っている人は極めて少ないため、潮流を知らない限り、目の前の製品と潮流との対比を楽しむこと(≒知的好奇心の刺激)に繋がらない。
また、これはプロダクトデザイン特有の現象だが、ラジカセは音楽を再生して使って楽しむものであり、そもそも使用することに最大の価値があるプロダクトから、使用価値を奪って見るだけのサービスしか提供できない「展示」には非常に大きなビハインドがある。
こうした点において、プロダクトデザインを展示し、その上で観客を楽しませ、知的興奮を与え、満足感を得させることはなかなか難しい。
そして、そのためには、プロダクトデザインのこうした特色を逆手にとって、展示のための工夫や仕掛けを考え出さなければならない。

つまり、デザインの場合、物を展示するのではなく、価値を見せなければならない。

外形価値を増大させるための方法としては、例えば、以下のようなものが考えられる。
・多数のプロダクトを並べる
・様々な色彩のプロダクトを混ぜ合わせる
・配列や並べ方を工夫する
(壁や天井に取り付ける、リズミカルな配列にする、宙づりにする、ケースに入れる、ベルトコンベアで動かす、ターンテーブルで回転させる、透明なエレベータに入れる(例:名古屋国際デザインセンターIdcN))
・巨大なものを多く並べる
・極めて小さなものだけを集めて並べる
・カットモデルをつくる
・光をあてて形状に陰影を与える
・いっそ、梱包してしまう
・なんなら、破壊する
これは、考えていくと、ウィンドウディスプレイ、ディスプレイデザイン、空間デザイン、店舗デザインの手法に近づいていくようだ。やはり、出自が商品なだけはある。見映えよく並べてやると、魅力が向上するように見えるのだ。

背景価値を容易に読み解けるようにするための方法としては、例えば、以下のようなものが考えられる。
・複数のプロダクトを組み合わせて、生活の使用状態を再現する
(椅子、テーブル、テレビ、ソファから1970年、1980年、1990年の一般的なリビングを再現する)例:福井県立博物館、国立民俗学博物館(佐倉)
・建築ごと再現する
・プロダクトの発展段階を系統樹のように展示する
・作ったデザイナー・商品企画(当事者)の証言を加える
・デザイナー・商品企画(当事者)に創作のポイントを説明してもらう(説明文を加える)
・製造工程の写真や映像を流す
・当時のPR映画や商品CMを流す
・当時のパンフレットや広告を併置する
・競合商品と並べる(どちらがどれくらい売れたか販売データや価格を示す)
・商品が販売されていた店頭の写真や映像を加える
・販売時のエピソードを加える
・社会に与えたインパクトや社会現象、その製品が変えたライフスタイルを説明する
・その製品の環境価値や経済価値を説明する
・製品が使用されていた当時の社会インフラの状況を説明する
・実際に使っていた人のコメントや使用時の写真・映像を加える
・当時、そのプロダクトを使っていた著名人の写真・映像・エピソードを加える
・こうした説明をしてくれる語り部を随伴させる(デザイン・アテンダント)
・いっそ、その場で使えるようにする
・なんなら、買えるようにする
これも、考えていくと、広報戦略やブランディングと若干似通ってくるから面白い。

繰り返しとなるが、デザインの場合、物を展示するのではなく、価値を見せなければならない。
絵画や彫刻の展示とは根本的に質的な違いがある。

デザイン特有の展示手法を考えなければ、単に美術館だから物を並べればよいと考えていると、それは非常に退屈な空間を垂れ流すことになる。
やや語弊はあるが、ワンオフでそのものの価値が元から高い芸術作品に対して、マスプロダクションにより手に取りやすくどこにでもあるものとして流通していたプロダクトデザインは、その一製品が目の前に存在していることだけで大きな価値が生じるものではない。
むしろ、なぜその製品がそこに生じているか、その製品の価値がなんだったのか、観客に見えやすく咀嚼して紐解いて抽出する必要がある。
それが、専門職スタッフの腕の見せ所であるし、プロダクトやデザイナーや企業や、当時それを使っていた人や、いま目の前にいる観客に対するプロフェッショナルとしての配慮である。

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